___

9割完成したゲームに思いつきで口を挟む人はいる。
 ダルマの目だけ入れるように、竜眼だけを描くように、美味しいとこだけもってこうとして、すべてを台無しにする人が居る。しかも本人は悪意がない。
 だが被害は甚大なのだ。

 そういうアホと俺の意見は違う。俺のアイデアはちゃんとしている。
 だから俺のアイデアを聞け!
 って時に必要なのが、ロジックなのだ。
 ちゃんと考えろ。というだけの話。
明言して置くと、「自分で手を動かす能力に欠ける人は、アイデア偏重する」傾向がある。

ゲームの場合、1年ぐらいかけて作るから(俺が関わった最長記録は2年ぐらいだ)思いつき5秒のアイデアをねじ込んで「やっぱダメでした」だったら普通に呪われる。
 人の時間を無駄する罪は果てしなくデカい。

 タチの悪い人はこの「仕事の時間差」を理解できない。

 PCに向かって1年かけてコツコツと積み重ねてきた積み木を、思いつき5秒でぶち壊すのだ。
 なんとなくそれがいいアイデアだと思った。とか、俺のアイデアを入れたいと思ったとか。

 そういう、フラッシュアイデアを言う奴は、それが聞き入れられないと不機嫌になったりする。
 そこまで作ってきた人たちは、ここまで積み木はつまれているので、そのピースを差し込む場所がない、差し込むと大幅な仕様変更が必要である、その結果クソゲーになる、開発期間が延びる、見たいな事が容易に想像がつく。

 明らかに考えが浅いから出る発言だから。
 この素敵な徒労感は普通に現場に悪影響を与える。

よく「あげ足」取りをする人がいる。されてる方は不快で、「けっ」っと思うものなんだけど、実はこれはいいものなんだそうだ。

なぜなら、あげ足を取られるということは、
他に有効なつっこみが出来ない

ということだから。有効なつっこみが出来る、つまり何か問題があるものであれば、あげ足の前にそっちが先に問題になる。でも、あげ足しか取られないということは、「何か文句言いたいけど本質に問題がないから、あげ足を取るしかない」ということなんだと。つまり、あげ足を取るということは、事実上の
負け宣言

なのだと。

hizayamasan:

 韓国で朝鮮戦争時に起こった国民保導連盟事件(単に保導連盟事件とも)をご存知ですか。 李承晩大統領が命令して自国民を大量虐殺した事件です。 この事件を取り上げたテレビ番組の動画を、ツイッターで教えてもらいました。 画質はあまり高くありませんが、とても貴重な動画です。 動画を見た当初は、いつ放送された何の番組なのか分からなかったのですが、Wikipedia>保導連盟事件に答えが載っていました。 2008年9月6日のTBS「報道特集NEXT」です。 日本で初めて保導連盟事件が取り上げられた番組とのことです。 保導連盟事件は、中韓が日本に対して主張しているデタラメな虐殺とは違い、発掘された遺体や資料などがあります。 まったく言い逃れのできない事件ですが、韓国では今もタブー視されているため、多くの韓国人、特に若い人はその存在すら知らないようです。 動画はいつ消えてしまうか分かりませんし、この際、テキストとして残すことにしました。※引用転載はご自由に。連絡不要です。但し誤字などに後日気づいて修正をすることが多々ありますので、必ずこちらのURLを添えておいて下さい。※画像を利用される方は、直リンクでなく必ずお持ち帰り下さい。当方のサーバーへの負荷軽減のためご協力のほど宜しくお願いいたします。「直リンク」の意味が分からない方はこちらをご覧下さい。現在、直リンクされても画像が表示されない措置をとらせていただいています。 内容紹介ここから____________________________ 
 いま暴かれる韓国最大のタブー。 政府はなぜ国民に銃を向けたのか。 韓国の南部、サンチョン郡。 車道から山道を10分ほど登った所に、その現場はあった。 土の中から姿を見せたのは、おびただしい数の人骨だ。 これまでに発掘されたのは、およそ240体。 ほとんどが大人の男性の骨だ。調査責任者 ノ・ヨンソク博士「全部発掘してみなければ分かりませんが、証言によると、500人以上の遺体がここに埋められたということです」 遺体が埋められたのは、今から57年前、1951年の2月ごろとみられる。 彼らの身に、何が起きたのか。 韓国政府は2005年、朝鮮戦争の前後に国内で起きた虐殺事件の調査を始めた。 政府の真実和解委員会は、そうした歴史的な事件の真相究明を行うための機関だ。 2007年からは、各地の虐殺現場で遺骨の発掘作業を始めた。 1950年6月に始まった朝鮮戦争。 北朝鮮の侵攻に、韓国の首都ソウルはわずか3日で陥落。 韓国軍は、一時、南へと追い詰められた。 韓国政府が恐れたのは、北朝鮮軍の攻撃だけではなかった。 韓国内にも北朝鮮を支持し、共産主義活動を行う人たちが存在していた。 国内からの反乱を恐れた韓国政府は、共産主義に関わった疑いのある人たちを処刑することにした。 “アカ狩り”である。 兵士のヘルメットに、“憲兵”という文字が見える。 構えた銃口の先には、穴に落とされた人たちの姿がある。 すでに銃殺された後だろうか。 うつぶせになった男性が、カメラの方に目を向けている。 穴の中に見えるのは、銃殺された人たちのようだ。 この写真は、虐殺現場に立ち会ったアメリカ軍が撮影したもので、アメリカの国立公文書館に保管されていた。 各地の処刑現場からは、韓国軍が使っていた銃弾や薬きょうが大量に見つかっている。 このサンチョン郡の遺骨も、いわゆる“アカ狩り”の犠牲者のものである可能性が高い。 真実和解委員会の調査によって、およそ60年の間、闇に閉ざされていた数々の虐殺事件に、ようやく光が当てられようとしている。 韓国・スンチョン市出身のキリスト教牧師、ファン・ジョングォンさん。 虐殺現場から生還した、数少ない一人だ。ファン・ジョングォンさん「ここが私の家でした」ファン・ジョングォンさん「あそこに門がありますが、当時はこっちにも出入口があって、そこから連行されたんです」ファン・ジョングォンさん「そして当時は、こちらの向かい側にも家があったんですが、その家族は4人が殺されました」 自宅から連行された後の惨劇を、ファンさんは今もはっきりと覚えている。 惨劇が起きたのは、ファン・ジョングォンさんが10歳の時だった。 夕食の支度をしていると、銃を構えた軍人がいきなり家にやって来た。 一家は理由も分からないまま、近くにある中学校まで連行された。 ファンさんによると、連行された住民はおよそ30人。 幼い子供もいた。 そして、「止まれ!」という軍人の声が聞こえた直後……。ファン・ジョングォンさん「ここにひざまずいた状態で、全員が壁の方に向かって、1列に並ばされました。そして、『銃殺!』という号令で、殺されたのです」 ファンさんは足を撃たれたが、命は助かった。 しかし、両親を含む、家族・親戚の5人を失った。 2歳の甥までが、射殺された。ファン・ジョングォンさん「生き残ったのは私だけです。あの時、兵隊の視界に入った人、目に映った人は、みんな殺されました」 “アカ”のレッテルを貼られ、全国各地で虐殺された人たちの中には、ある団体に加入していた人が多かった。 それは、「国民保導連盟」という団体だった。 朝鮮戦争が始まる前、1949年に韓国政府がつくった組織だ。 韓国内にいる共産主義者たちの思想を転向させ、大韓民国への絶対的な支持を誓わせようというのが、設立の趣旨だった。加入者の反省文『よく考えもせずに、左翼系列に加わってしまったことを、今では後悔しています。今後は共産軍と闘争し、大韓民国に忠誠を尽くすべく、献身努力いたします』 当時の新聞記事には、共産活動に関わった人が、自首して保導連盟に加入すれば、過去は一切問われないと書かれている。 また、加入者には、就職のあっせんや、食料の配給といった見返りがあった。 農地をただでもらった人もいた。 しかし、北朝鮮軍が38度線を越え、朝鮮戦争が始まると、韓国政府は突然、態度を変える。 過去の罪は問わないと言っていたはずが、保導連盟員を「反乱分子」「スパイ」とみなし、軍や警察を使って、各地で一斉に処刑し始めたのだ。 韓国・キョンサン市。 日本の植民地時代に掘られた、コバルト鉱山の廃坑だ。 中に入ると、急に肌寒くなった。 入り口から150mほど進んだ場所で、遺骨の発掘が行われている。 真実和解委員会から作業を委託された、地元の学生たちだ。 この鉱山で、保導連盟員を含む多くの民間人が虐殺されたという。 小さな遺骨や遺品を見逃さないよう、慎重に掘り続ける。ヨンナム大学大学院 ソン・ジャンゴンさん「隠された歴史を明らかにしたい。そんな気持ちを持って、発掘作業を行っています」 坑道の入り口の脇に、発掘された遺骨が保管されている。 頭に銃弾の跡がはっきりと残る遺骨。 刃物で切りつけられたような傷が残るものもある。 犠牲者を縛っていたとみられる電線も見つかった。 この山で何が起きたのか。 真実和解委員会の調査責任者ノ・ヨンソク博士の案内で、山を登った。 山の中腹に、目撃者の証言によって明らかになった重要な現場があるという。 それは、深いタテ穴だった。真実和解委員会 ノ・ヨンソク氏「ここは、被害者を8人ずつ縛って、銃殺、もしくは突き落として生き埋めにした場所です」 これは、もともと、地下の坑道で掘ったコバルトを、外に運搬するために掘られた穴だ。 当時の目撃者によると、銃殺された犠牲者たちは、このタテ穴に次々と、落とされた。 その結果、大量の遺体が、坑道の中に溜まった。 この鉱山での犠牲者は、3500人にのぼるとみられている。 学生たちに混じって、発掘作業を手伝う男性。 イ・テジュンさんは、このコバルト鉱山の事件でいとこの男性を失った。 いとこは共産主義が何なのかすら、分かっていなかったという。イ・テジュンさん「いとこは、イデオロギーとはまったく関係のない人でした。毎日、山奥に薪(たきぎ)を取りに行って、暮らしていただけなんです」 保導連盟員の虐殺は、韓国全土で起きた。 これは、民間団体の調査による犠牲者の数だ。 調べによると、殺された人たちの中には、スパイ活動はおろか、政治運動と全く関係のない人たちが多かった。 保導連盟事件の犠牲者は、あわせて20万人以上ともいわれている。 しかし、これだけの虐殺だったにも関わらず、事件について知る人は少ない。Q:保導連盟事件を知っていますか?大学生:知りません。Q:学校で習いませんでした?大学生:ええ。Q:保導連盟事件を知っていますか?高校生:知りません。Q:まったく?高校生:はい。Q:聞いたこともない?高校生:はい。73歳男性:聞いたことはあるけど、詳しくは知りません。人を集めて殺した話だと思うけど。 保導連盟事件は、80年代まで続いた軍事政権下で、タブーとされた。 遺族や生存者たちも、この事件について話すことは、許されなかったという。イ・テジュンさん「コバルト鉱山で人がたくさん殺されても、当時は何も言えませんでした。言えば連行されてしまう。聞いてもいけないし、見てもいけない。何も言えない時代だったんです」 何も言えない時代。 それを窺わせる資料が、韓国各地の警察署に保管されていた。 朝鮮戦争が休戦となったあとも、保導連盟事件の遺族が、要注意人物として監視されていたことが、記されている。 歴代の軍事政権は、事件が表面化しないよう、取り締まってきたのだ。真実和解委員会 キム・ドンチュン常任委員「これまでの軍事政権は、民間人の虐殺が話題になれば、自分たちにとって深刻な脅威になると考え、事件が表ざたにならないよう、弾圧してきたのです」 今年(2008年)7月、虐殺事件の遺族と真実和解委員会のメンバーが、ある現場へと向かった。 朝鮮半島の南、観光地として有名な珍島(チンド)からさらに南へと進む。 地元の人たちが、「カモメ島」と呼ぶ、無人島が見えてきた。 ここに、推定で500人の遺体が眠っているという。 オ・ウォンロクさんの父親は、1950年の7月ごろ、保導連盟員だという理由で警察署に連行されたあと、殺されたという。 父親の遺骨は、今もこの島に放置されているものとみられる。オ・ウォンロクさん「遺骨探しも大事ですが、私は、父が無実の罪で、無念の思いで銃殺されたという真実を、明らかにしてほしいのです。父がここで亡くなったために、私はアカ(共産主義者)の子供だと言われ、悔しい思いで、生きてきましたから」 島への上陸を目指したが、波が荒いため接岸するのが難しい。 上陸を断念した。 韓国人が、韓国人を虐殺する。 左翼勢力の反乱を恐れたとはいえ、同じ国民に銃口を向けた兵士や警官たちは、どんな思いだったのか。 私たちは、加害者の証言を求めて、探し回った。 しかし、すでに亡くなった人や、取材を拒否する人もいて、なかなか話を聞くことができない。 そうした中、ようやく、保導連盟員を殺したという男性と接触することができた。キム・マンシクさん「私たちは、警察から引き渡された保導連盟員を射殺しました」 朝鮮戦争が始まった直後だった。 憲兵隊の少尉だったキム・マンシクさんは、韓国北部のウォンジュやフェンソンで、保導連盟員およそ150人の射殺を指揮した。元憲兵隊少尉 キム・マンシクさん「北朝鮮軍が迫って来ていたんですから、私たちも生きなければいけないし、歩兵たちの機関銃を借りて、ダーっと撃ったのです」 キムさんは、自らも拳銃を持ち、何人かを射殺したという。 同じ国民を殺したことを、今、どう思っているのか。キム・マンシクさん「北朝鮮軍は、計画的に南への侵攻を準備し、保導連盟員を利用するために教育していました。だから、保導連盟は完全に敵だったのです。同情する余地などありませんし、万が一、保導連盟を放っておいたら、韓国軍に甚大な被害を与えると思い、完全に敵として扱ったのです」 しかし、真実和解委員会の調査で、保導連盟員の多くは共産主義とは無関係だったことが分かっている。 キム・マンシクさんも、今は犠牲者の冥福を祈っているという。保導連盟員を射殺したキム・マンシクさん「あの当時は、無防備に近い状態で、北朝鮮に追われていたので、よく考えませんでしたが、今考えれば、あまりにも秩序がなく、無慈悲だったと思います」 長く封印されてきた虐殺事件の調査を始めたのは、軍事政権と対立してきた民主化勢力の流れをくむ、盧武鉉(ノ・ムヒョン)前大統領だった。ノ・ムヒョン大統領(当時)08年1月「58年前の国民保導連盟事件は、わが国の現代史の大きな悲劇でした。私は大統領として、国家を代表して、当時国家権力が犯した不法行為について、心からおわびいたします」 しかし、今年2月、大統領は、保守系の李明博(イ・ミョンバク)氏に代わった。 真実和解委員会のキム・ドンチュン常任委員は、今後、調査対象が縮小されるのではないかと、危惧している。真実和解委員会 キム・ドンチュン常任委員「今の政権は、私たちのような歴史の調査活動を、良く思っていません。廃止まではしなくても、予算や人員の削減などで、委員会の力を弱めようとするでしょう」 法律で決められた、真実和解委員会の活動期限は、2010年の4月まで。 その、あと1年半ほどの間に、韓国最大のタブーと言われた大量虐殺の真相は、どこまで明らかにされるのか。 真実和解委員会による、遺骨の発掘が始まった現場は、まだ11カ所にすぎない。 …………………………VTR終了…………………………田丸美寿々「虐殺された20万人の方たちの無念を思いますと、本当に言葉もありません。真実和解委員会によりますと、虐殺された人たちの遺骨が埋まっている場所は、分かっているだけで169カ所。で、今、発掘調査が行われているのが、ようやく11カ所なんですね。2010年4月までと決められた委員会の活動期限内にはとても終えるのは難しいように思えます。ま、それでも、取材に応じて下さった遺族の皆さんは、遅くはなったけれど、今からでも国が調査に、調査してくれるのはありがたいと話しているんですね」田丸美寿々「で、ところでこうした真実和解委員会の活動について、韓国の有力紙・朝鮮日報などは社説で、『左翼勢力による税金の無駄使いだ』『趣味で歴史を書き換えたいなら、税金を使わずに同好会で募金でも募れ』と主張するなど、盧武鉉政権が進めた歴史の見直しには、冷ややかな意見も多いんですね。事実を掘り起こし、歴史を見直す作業というものが、いかに難しいか、痛感させられてしまいます」 ____________________________内容紹介ここまで スクロールお疲れ様でした<(_ _)> 盧武鉉(ノ・ムヒョン)大統領は、韓国が民主化される前の「過去史」清算事業に着手しました。 盧武鉉といえば、日本統治時代の親日派の財産を取り上げる法律(親日反民族行為者財産の国家帰属に関する特別法)を作るなど、とんでもない人だなと私は思ってきたし、今もそう思っています。 が、保導連盟事件など韓国の「暗黒史」の掘り起こしに着手したことは、それなりの功績かもしれません。 もっとも、番組最後に田丸美寿々氏も指摘しているように、当初から韓国の保守系メディアはこの事業には冷ややかでした。 それでも、盧武鉉大統領が08年1月に、保導連盟事件をはじめとする過去の国家権力による虐殺事件に対して謝罪したことは、当時の韓国メディアでも報道されています。 たとえば、これは2008年1月24日の朝鮮ドットコムの記事(朝鮮語)。 画像は翻訳サイトで和訳したものです。 このようにいちおう報道されたはずなのに、TBSの番組(大統領の謝罪と同じ年の9月放送)の街頭インタビューを見ると、若い人たちは「知らない」と答えてますよね。 今もおそらくほとんどの韓国人が知らないのでしょう。 それでなくとも盧武鉉のあと、李明博、朴槿恵と保守系の政権が二代続いています。 その間に遺骨発掘が進んだり、国民の認知度が上がったとはとても思えません。 私自身も最近こんな体験をしました。 ツイッターで韓国の若者らしき方とちょっとした議論になった時に、国民保導連盟事件についてご存知かどうか尋ねてみたんです。 が、その時はお返事はいただけませんでした。 数日後、その方が別件で接触してこられたので、また同じ質問をしてみましたが、やはりお返事はいただけず。 さらに数日後、その方がまた別件で接触してこられたので、もう一度同じ質問をしてみました。 そしたら三度目の正直じゃないですが、ようやくお返事をいただけました。
李忠正 @KKK_MAGIC_KKK
フォローする

@boyakuri @lieesyuemay @megurin3sei あったかどうか私には分かりません。韓人でも知っている人があまり居ないことを考えると、日本のネットにだけ存在するただの伝説ではないでしょうか。少なくとも私には分かりませんね

 悪態をついているようにも見えますが、「韓人でも知っている人があまり居ない」という言葉はとても正直だと思ったし、「私には分かりません」と2度くり返しているところに、この方の戸惑いのようなものも感じました。 あと、TBSの番組では、国民保導連盟事件の犠牲者は、「あわせて20万人以上ともいわれている」とされていますが、実際の犠牲者はもっと多いと思われます。 韓国人人気ブロガーのシンシアリーさんは、最も信頼できる数字として「114万人」を挙げています。 なお、保導連盟事件以外にも、朝鮮戦争前の1948年には済州島四・三事件がありました。犠牲者は2万5000人~3万人。 朝鮮戦争中の1951年には山清(サンチョン)など3つの地域でも、韓国軍による民間人虐殺があり、わずか4日足らずの間に、1400人以上が殺されています。 これら虐殺における殺し方は、韓国や支那が世界に向けて宣伝している「残酷な日本軍の姿」そのものだったそうです。 このあたり、14/9/20付:韓国が賠償おかわりを平気でできる理由&114万人虐殺されてもタブー視された国民保導連盟事件 「韓国人による沈韓論」よりを参照。 韓国史のタブーは他にもありますよね。 たとえば、ベトナム戦争における韓国軍の民間人虐殺やライダイハン問題。 実は1999年~2001年頃、韓国でもそれなりに議論が起きたのですが、それ以上は進みませんでした。・10/12/16付:韓国軍によるベトナム民間人虐殺問題「SAPIO」01.9.26号・13/12/21付:続・韓国軍によるベトナム民間人虐殺問題「SAPIO」13年1月号 朝鮮戦争後の米軍慰安婦問題もそうですね。 これはつい最近、訴訟に発展しましたが、それでも知らない韓国人がほとんどではないでしょうか。・米軍慰安婦訴訟は日本にとって吉か凶か…Tweetまとめ14.06.16~14.06.30 彼らはいつでもどこでも「被害者」でいたい人たちです。 過去の真実に目を向けることはこれからもないんだろうと、私は思っています。















暴かれる韓国最大のタブー!国民保導連盟事件 08年9月6日「報道特集NEXT」より

hizayamasan:

 韓国で朝鮮戦争時に起こった国民保導連盟事件(単に保導連盟事件とも)をご存知ですか。
 李承晩大統領が命令して自国民を大量虐殺した事件です。

 この事件を取り上げたテレビ番組の動画を、ツイッターで教えてもらいました。
 画質はあまり高くありませんが、とても貴重な動画です。

 動画を見た当初は、いつ放送された何の番組なのか分からなかったのですが、Wikipedia>保導連盟事件に答えが載っていました。

 2008年9月6日のTBS「報道特集NEXT」です。
 日本で初めて保導連盟事件が取り上げられた番組とのことです。

 保導連盟事件は、中韓が日本に対して主張しているデタラメな虐殺とは違い、発掘された遺体や資料などがあります。

 まったく言い逃れのできない事件ですが、韓国では今もタブー視されているため、多くの韓国人、特に若い人はその存在すら知らないようです。

 動画はいつ消えてしまうか分かりませんし、この際、テキストとして残すことにしました。

※引用転載はご自由に。連絡不要です。但し誤字などに後日気づいて修正をすることが多々ありますので、必ずこちらのURLを添えておいて下さい。
画像を利用される方は、直リンクでなく必ずお持ち帰り下さい。当方のサーバーへの負荷軽減のためご協力のほど宜しくお願いいたします。「直リンク」の意味が分からない方はこちらをご覧下さい。現在、直リンクされても画像が表示されない措置をとらせていただいています。



 内容紹介ここから____________________________
 
image

 いま暴かれる韓国最大のタブー。
 政府はなぜ国民に銃を向けたのか。

image

 韓国の南部、サンチョン郡。
 車道から山道を10分ほど登った所に、その現場はあった。

image

 土の中から姿を見せたのは、おびただしい数の人骨だ。
 これまでに発掘されたのは、およそ240体。
 ほとんどが大人の男性の骨だ。

image

調査責任者 ノ・ヨンソク博士
「全部発掘してみなければ分かりませんが、証言によると、500人以上の遺体がここに埋められたということです」

 遺体が埋められたのは、今から57年前、1951年の2月ごろとみられる。
 彼らの身に、何が起きたのか。

image

 韓国政府は2005年、朝鮮戦争の前後に国内で起きた虐殺事件の調査を始めた。

image

 政府の真実和解委員会は、そうした歴史的な事件の真相究明を行うための機関だ。
 2007年からは、各地の虐殺現場で遺骨の発掘作業を始めた。

image

 1950年6月に始まった朝鮮戦争。
 北朝鮮の侵攻に、韓国の首都ソウルはわずか3日で陥落。
 韓国軍は、一時、南へと追い詰められた。

image

 韓国政府が恐れたのは、北朝鮮軍の攻撃だけではなかった。
 韓国内にも北朝鮮を支持し、共産主義活動を行う人たちが存在していた。

image

 国内からの反乱を恐れた韓国政府は、共産主義に関わった疑いのある人たちを処刑することにした。
 “アカ狩り”である。

image

 兵士のヘルメットに、“憲兵”という文字が見える。

image

 構えた銃口の先には、穴に落とされた人たちの姿がある。

image

 すでに銃殺された後だろうか。

image

 うつぶせになった男性が、カメラの方に目を向けている。
 穴の中に見えるのは、銃殺された人たちのようだ。
 この写真は、虐殺現場に立ち会ったアメリカ軍が撮影したもので、アメリカの国立公文書館に保管されていた。

image

 各地の処刑現場からは、韓国軍が使っていた銃弾や薬きょうが大量に見つかっている。

image

 このサンチョン郡の遺骨も、いわゆる“アカ狩り”の犠牲者のものである可能性が高い。
 真実和解委員会の調査によって、およそ60年の間、闇に閉ざされていた数々の虐殺事件に、ようやく光が当てられようとしている。

image

 韓国・スンチョン市出身のキリスト教牧師、ファン・ジョングォンさん。
 虐殺現場から生還した、数少ない一人だ。

image

ファン・ジョングォンさん
「ここが私の家でした」

image

ファン・ジョングォンさん
「あそこに門がありますが、当時はこっちにも出入口があって、そこから連行されたんです」

image

ファン・ジョングォンさん
「そして当時は、こちらの向かい側にも家があったんですが、その家族は4人が殺されました」

 自宅から連行された後の惨劇を、ファンさんは今もはっきりと覚えている。

image

 惨劇が起きたのは、ファン・ジョングォンさんが10歳の時だった。
 夕食の支度をしていると、銃を構えた軍人がいきなり家にやって来た。
 一家は理由も分からないまま、近くにある中学校まで連行された。

 ファンさんによると、連行された住民はおよそ30人。
 幼い子供もいた。
 そして、「止まれ!」という軍人の声が聞こえた直後……。

image

ファン・ジョングォンさん
「ここにひざまずいた状態で、全員が壁の方に向かって、1列に並ばされました。そして、『銃殺!』という号令で、殺されたのです」

image

 ファンさんは足を撃たれたが、命は助かった。
 しかし、両親を含む、家族・親戚の5人を失った。

image

 2歳の甥までが、射殺された。

image

ファン・ジョングォンさん
「生き残ったのは私だけです。あの時、兵隊の視界に入った人、目に映った人は、みんな殺されました」

image

 “アカ”のレッテルを貼られ、全国各地で虐殺された人たちの中には、ある団体に加入していた人が多かった。

image

 それは、「国民保導連盟」という団体だった。

image

 朝鮮戦争が始まる前、1949年に韓国政府がつくった組織だ。

image

 韓国内にいる共産主義者たちの思想を転向させ、大韓民国への絶対的な支持を誓わせようというのが、設立の趣旨だった。

image

加入者の反省文
『よく考えもせずに、左翼系列に加わってしまったことを、今では後悔しています。今後は共産軍と闘争し、大韓民国に忠誠を尽くすべく、献身努力いたします』

image

 当時の新聞記事には、共産活動に関わった人が、自首して保導連盟に加入すれば、過去は一切問われないと書かれている。

image

 また、加入者には、就職のあっせんや、食料の配給といった見返りがあった。
 農地をただでもらった人もいた。

image

 しかし、北朝鮮軍が38度線を越え、朝鮮戦争が始まると、韓国政府は突然、態度を変える。

image

 過去の罪は問わないと言っていたはずが、保導連盟員を「反乱分子」「スパイ」とみなし、軍や警察を使って、各地で一斉に処刑し始めたのだ。

image

 韓国・キョンサン市。
 日本の植民地時代に掘られた、コバルト鉱山の廃坑だ。
 中に入ると、急に肌寒くなった。

image

 入り口から150mほど進んだ場所で、遺骨の発掘が行われている。
 真実和解委員会から作業を委託された、地元の学生たちだ。
 この鉱山で、保導連盟員を含む多くの民間人が虐殺されたという。

image

 小さな遺骨や遺品を見逃さないよう、慎重に掘り続ける。

image

ヨンナム大学大学院 ソン・ジャンゴンさん
「隠された歴史を明らかにしたい。そんな気持ちを持って、発掘作業を行っています」

image

 坑道の入り口の脇に、発掘された遺骨が保管されている。

image

 頭に銃弾の跡がはっきりと残る遺骨。

image

 刃物で切りつけられたような傷が残るものもある。

image

 犠牲者を縛っていたとみられる電線も見つかった。

image

 この山で何が起きたのか。

image

 真実和解委員会の調査責任者ノ・ヨンソク博士の案内で、山を登った。
 山の中腹に、目撃者の証言によって明らかになった重要な現場があるという。

image

 それは、深いタテ穴だった。

image

真実和解委員会 ノ・ヨンソク氏
「ここは、被害者を8人ずつ縛って、銃殺、もしくは突き落として生き埋めにした場所です」

image

 これは、もともと、地下の坑道で掘ったコバルトを、外に運搬するために掘られた穴だ。

image

 当時の目撃者によると、銃殺された犠牲者たちは、このタテ穴に次々と、落とされた。
 その結果、大量の遺体が、坑道の中に溜まった。

image

 この鉱山での犠牲者は、3500人にのぼるとみられている。

image

 学生たちに混じって、発掘作業を手伝う男性。
 イ・テジュンさんは、このコバルト鉱山の事件でいとこの男性を失った。
 いとこは共産主義が何なのかすら、分かっていなかったという。

image

イ・テジュンさん
「いとこは、イデオロギーとはまったく関係のない人でした。毎日、山奥に薪(たきぎ)を取りに行って、暮らしていただけなんです」

image

 保導連盟員の虐殺は、韓国全土で起きた。
 これは、民間団体の調査による犠牲者の数だ。

image

 調べによると、殺された人たちの中には、スパイ活動はおろか、政治運動と全く関係のない人たちが多かった。

image

 保導連盟事件の犠牲者は、あわせて20万人以上ともいわれている。
 しかし、これだけの虐殺だったにも関わらず、事件について知る人は少ない。

image

Q:保導連盟事件を知っていますか?
大学生:知りません。
Q:学校で習いませんでした?
大学生:ええ。

image

Q:保導連盟事件を知っていますか?
高校生:知りません。
Q:まったく?
高校生:はい。
Q:聞いたこともない?
高校生:はい。

image

73歳男性:聞いたことはあるけど、詳しくは知りません。人を集めて殺した話だと思うけど。

image

 保導連盟事件は、80年代まで続いた軍事政権下で、タブーとされた。
 遺族や生存者たちも、この事件について話すことは、許されなかったという。

image

イ・テジュンさん
「コバルト鉱山で人がたくさん殺されても、当時は何も言えませんでした。言えば連行されてしまう。聞いてもいけないし、見てもいけない。何も言えない時代だったんです」

image

 何も言えない時代。
 それを窺わせる資料が、韓国各地の警察署に保管されていた。

image

 朝鮮戦争が休戦となったあとも、保導連盟事件の遺族が、要注意人物として監視されていたことが、記されている。

image

 歴代の軍事政権は、事件が表面化しないよう、取り締まってきたのだ。

image

真実和解委員会 キム・ドンチュン常任委員
「これまでの軍事政権は、民間人の虐殺が話題になれば、自分たちにとって深刻な脅威になると考え、事件が表ざたにならないよう、弾圧してきたのです」

image

 今年(2008年)7月、虐殺事件の遺族と真実和解委員会のメンバーが、ある現場へと向かった。

image

 朝鮮半島の南、観光地として有名な珍島(チンド)からさらに南へと進む。

image

 地元の人たちが、「カモメ島」と呼ぶ、無人島が見えてきた。
 ここに、推定で500人の遺体が眠っているという。

image

 オ・ウォンロクさんの父親は、1950年の7月ごろ、保導連盟員だという理由で警察署に連行されたあと、殺されたという。
 父親の遺骨は、今もこの島に放置されているものとみられる。

image

オ・ウォンロクさん
「遺骨探しも大事ですが、私は、父が無実の罪で、無念の思いで銃殺されたという真実を、明らかにしてほしいのです。父がここで亡くなったために、私はアカ(共産主義者)の子供だと言われ、悔しい思いで、生きてきましたから」

image

 島への上陸を目指したが、波が荒いため接岸するのが難しい。
 上陸を断念した。

image

 韓国人が、韓国人を虐殺する。
 左翼勢力の反乱を恐れたとはいえ、同じ国民に銃口を向けた兵士や警官たちは、どんな思いだったのか。

image

 私たちは、加害者の証言を求めて、探し回った。
 しかし、すでに亡くなった人や、取材を拒否する人もいて、なかなか話を聞くことができない。

image

 そうした中、ようやく、保導連盟員を殺したという男性と接触することができた。

image

キム・マンシクさん
「私たちは、警察から引き渡された保導連盟員を射殺しました」

image

 朝鮮戦争が始まった直後だった。
 憲兵隊の少尉だったキム・マンシクさんは、韓国北部のウォンジュやフェンソンで、保導連盟員およそ150人の射殺を指揮した。

image

元憲兵隊少尉 キム・マンシクさん
「北朝鮮軍が迫って来ていたんですから、私たちも生きなければいけないし、歩兵たちの機関銃を借りて、ダーっと撃ったのです」

 キムさんは、自らも拳銃を持ち、何人かを射殺したという。
 同じ国民を殺したことを、今、どう思っているのか。

image

キム・マンシクさん
「北朝鮮軍は、計画的に南への侵攻を準備し、保導連盟員を利用するために教育していました。だから、保導連盟は完全に敵だったのです。同情する余地などありませんし、万が一、保導連盟を放っておいたら、韓国軍に甚大な被害を与えると思い、完全に敵として扱ったのです

image

 しかし、真実和解委員会の調査で、保導連盟員の多くは共産主義とは無関係だったことが分かっている。
 キム・マンシクさんも、今は犠牲者の冥福を祈っているという。

image

保導連盟員を射殺したキム・マンシクさん
「あの当時は、無防備に近い状態で、北朝鮮に追われていたので、よく考えませんでしたが、今考えれば、あまりにも秩序がなく、無慈悲だったと思います」

image

 長く封印されてきた虐殺事件の調査を始めたのは、軍事政権と対立してきた民主化勢力の流れをくむ、盧武鉉(ノ・ムヒョン)前大統領だった。

image

ノ・ムヒョン大統領(当時)08年1月
「58年前の国民保導連盟事件は、わが国の現代史の大きな悲劇でした。私は大統領として、国家を代表して、当時国家権力が犯した不法行為について、心からおわびいたします

image

 しかし、今年2月、大統領は、保守系の李明博(イ・ミョンバク)氏に代わった。
 真実和解委員会のキム・ドンチュン常任委員は、今後、調査対象が縮小されるのではないかと、危惧している。

image

真実和解委員会 キム・ドンチュン常任委員
今の政権は、私たちのような歴史の調査活動を、良く思っていません。廃止まではしなくても、予算や人員の削減などで、委員会の力を弱めようとするでしょう」

image

 法律で決められた、真実和解委員会の活動期限は、2010年の4月まで。
 その、あと1年半ほどの間に、韓国最大のタブーと言われた大量虐殺の真相は、どこまで明らかにされるのか。
 真実和解委員会による、遺骨の発掘が始まった現場は、まだ11カ所にすぎない。

 …………………………VTR終了…………………………

image

田丸美寿々
「虐殺された20万人の方たちの無念を思いますと、本当に言葉もありません。真実和解委員会によりますと、虐殺された人たちの遺骨が埋まっている場所は、分かっているだけで169カ所。で、今、発掘調査が行われているのが、ようやく11カ所なんですね。2010年4月までと決められた委員会の活動期限内にはとても終えるのは難しいように思えます。ま、それでも、取材に応じて下さった遺族の皆さんは、遅くはなったけれど、今からでも国が調査に、調査してくれるのはありがたいと話しているんですね」

image

田丸美寿々
「で、ところでこうした真実和解委員会の活動について、韓国の有力紙・朝鮮日報などは社説で、『左翼勢力による税金の無駄使いだ』『趣味で歴史を書き換えたいなら、税金を使わずに同好会で募金でも募れ』と主張するなど、盧武鉉政権が進めた歴史の見直しには、冷ややかな意見も多いんですね。事実を掘り起こし、歴史を見直す作業というものが、いかに難しいか、痛感させられてしまいます」

 ____________________________内容紹介ここまで


 スクロールお疲れ様でした<(_ _)>

 盧武鉉(ノ・ムヒョン)大統領は、韓国が民主化される前の「過去史」清算事業に着手しました。

 盧武鉉といえば、日本統治時代の親日派の財産を取り上げる法律(親日反民族行為者財産の国家帰属に関する特別法)を作るなど、とんでもない人だなと私は思ってきたし、今もそう思っています。

 が、保導連盟事件など韓国の「暗黒史」の掘り起こしに着手したことは、それなりの功績かもしれません。

 もっとも、番組最後に田丸美寿々氏も指摘しているように、当初から韓国の保守系メディアはこの事業には冷ややかでした。

 それでも、盧武鉉大統領が08年1月に、保導連盟事件をはじめとする過去の国家権力による虐殺事件に対して謝罪したことは、当時の韓国メディアでも報道されています。

 たとえば、これは2008年1月24日の朝鮮ドットコムの記事(朝鮮語)
 画像は翻訳サイトで和訳したものです。

image


 このようにいちおう報道されたはずなのに、TBSの番組(大統領の謝罪と同じ年の9月放送)の街頭インタビューを見ると、若い人たちは「知らない」と答えてますよね。

 今もおそらくほとんどの韓国人が知らないのでしょう。
 それでなくとも盧武鉉のあと、李明博、朴槿恵と保守系の政権が二代続いています。
 その間に遺骨発掘が進んだり、国民の認知度が上がったとはとても思えません。

 私自身も最近こんな体験をしました。

 ツイッターで韓国の若者らしき方とちょっとした議論になった時に、国民保導連盟事件についてご存知かどうか尋ねてみたんです。
 が、その時はお返事はいただけませんでした。

 数日後、その方が別件で接触してこられたので、また同じ質問をしてみましたが、やはりお返事はいただけず。

 さらに数日後、その方がまた別件で接触してこられたので、もう一度同じ質問をしてみました。

 そしたら三度目の正直じゃないですが、ようやくお返事をいただけました。

@boyakuri @lieesyuemay @megurin3sei あったかどうか私には分かりません。韓人でも知っている人があまり居ないことを考えると、日本のネットにだけ存在するただの伝説ではないでしょうか。少なくとも私には分かりませんね


 悪態をついているようにも見えますが、「韓人でも知っている人があまり居ない」という言葉はとても正直だと思ったし、「私には分かりません」と2度くり返しているところに、この方の戸惑いのようなものも感じました。


 あと、TBSの番組では、国民保導連盟事件の犠牲者は、「あわせて20万人以上ともいわれている」とされていますが、実際の犠牲者はもっと多いと思われます。

 韓国人人気ブロガーのシンシアリーさんは、最も信頼できる数字として「114万人」を挙げています。

 なお、保導連盟事件以外にも、朝鮮戦争前の1948年には済州島四・三事件がありました。犠牲者は2万5000人~3万人。
 朝鮮戦争中の1951年には山清(サンチョン)など3つの地域でも、韓国軍による民間人虐殺があり、わずか4日足らずの間に、1400人以上が殺されています。

 これら虐殺における殺し方は、韓国や支那が世界に向けて宣伝している「残酷な日本軍の姿」そのものだったそうです。

 このあたり、14/9/20付:韓国が賠償おかわりを平気でできる理由&114万人虐殺されてもタブー視された国民保導連盟事件 「韓国人による沈韓論」よりを参照。


 韓国史のタブーは他にもありますよね。

 たとえば、ベトナム戦争における韓国軍の民間人虐殺やライダイハン問題。
 実は1999年~2001年頃、韓国でもそれなりに議論が起きたのですが、それ以上は進みませんでした。

10/12/16付:韓国軍によるベトナム民間人虐殺問題「SAPIO」01.9.26号
13/12/21付:続・韓国軍によるベトナム民間人虐殺問題「SAPIO」13年1月号

 朝鮮戦争後の米軍慰安婦問題もそうですね。
 これはつい最近、訴訟に発展しましたが、それでも知らない韓国人がほとんどではないでしょうか。

米軍慰安婦訴訟は日本にとって吉か凶か…Tweetまとめ14.06.16~14.06.30

 彼らはいつでもどこでも「被害者」でいたい人たちです。
 過去の真実に目を向けることはこれからもないんだろうと、私は思っています。

暴かれる韓国最大のタブー!国民保導連盟事件 08年9月6日「報道特集NEXT」より
kakisibu:

(Twitterから)

kakisibu:

(Twitterから)

dokuroou:

イスラム may  二次元裏@ふたば

無念 Name としあき 14/10/14(火)14:40:08 No.290528533 del +
1413265208461.jpg-(444189 B) サムネ表示

新堂エルも

無念 Name としあき 14/10/14(火)14:40:34 No.290528571 del +
1413265234309.jpg-(505190 B) サムネ表示

真っ青だなISIS

無念 Name としあき 14/10/14(火)15:09:04 No.290531483 del そうだねx1
>新堂エル
殺されないかそれ…

無念 Name としあき 14/10/14(火)15:46:50 No.290535462 del +
>殺されないかそれ…
エロ漫画描きたい
で国を捨てて日本にきたアメリカ人だぞ
覚悟なんてとうの昔に決まりまくってるわ

無念 Name としあき 14/10/14(火)15:53:23 No.290536165 del +
>エロ漫画描きたい
>で国を捨てて日本にきたアメリカ人だぞ
oh…
このスレ一番の衝撃だった

無念 Name としあき 14/10/14(火)15:54:45 No.290536310 del +
向こうではバレたら捕まるから描いては燃やしてたらしいな

無念 Name としあき 14/10/14(火)15:56:44 No.290536542 del +
>このスレ一番の衝撃だった
家でエロ絵描いてそれ持ってると逮捕されるから庭で燃やしてを3千回ほどで繰り返してよし日本でエロ漫画家になろう
って決心した生粋のアメリカ人ですよエル先生
ちょっと前にもビザの更新で本国帰っててたし
丁度マリア様エロ漫画描いた時期だったかな

無念 Name としあき 14/10/14(火)16:16:33 No.290538727 del +
アメリカってナチ並みの統制国家なのな

無念 Name としあき 14/10/14(火)16:25:19 No.290539743 del そうだねx1
>アメリカってナチ並みの統制国家なのな
アメリカがナチならカナダとかシンガポールとかフランスとかどうなるんだ…
持ってるだけで逮捕やぞ…

無念 Name としあき 14/10/14(火)16:26:59 No.290539953 del +
>アメリカってナチ並みの統制国家なのな
一応棲み分けが極端な国ではある
子供も見れる可能性のあるエロには不寛容

「世の中にはクソゲー力が満ちていて、ゲームは普通に作ればクソゲーになる」
ゲームは「ランダム過ぎると博打」「計算ずくなら作業」その間にあるのが「ゲーム性」

富野由悠季が、自分の著作にて映画は音声を持つようになることで、時間の流入を許してしまった、みたいなことを述べていた。


これはなかなか興味深い意見で、今では映画は音声が付いて当たり前だが、かつての映画は音声を持たないことで時間的な自由度を高く持てたということだ。


確かに昔のチャップリンやバスターキートンの無闇に動きまくる映画は音声を挟む隙などないし、その映画に独自の時間軸が存在するかのような錯覚すら覚えて、自分のような音声付き映画が当然であるような環境で生まれ育った人間には逆に新鮮だったりする。


この話をゲームと繋ぎ合わせてみよう。


堀井雄二と宮本茂というクリエーターはかたくなに自分のゲーム、ドラクエやゼルダに音声を入れようとしない。


その理由は一つだ。彼らは自分の作品に時間が流入することを拒んでいるのである。

枯れた知識の水平思考 - [ゲーム]無声映画の継承者 (via do-nothing) (via fukumatsu) (via pcatan) (via gkojay) (via ffftp) (via konishiroku) (via djsouchou) (via tra249) (via zaki123) (via magurohd) (via hepton-rk)

盲目的贔屓による信者文書で気持ちがわるい。

チャップリンやバスターキートンに音がなかったというのも、映画館にて生オケを当てていたり、弁士がいたのを知っていれば恥ずかしくてかけない。

ドラクエはムービーによって十分に時間の束縛を受けた。

ゼルダはムービーによって時間束縛を受けた上でしゃべらないために違和感が大きい。

好きだから褒めるのは結構なことだが、間違った褒め方はやめた方がいい。

俺、登山者キライ。
田舎に住んでるんだけど、平気で
「ここらへんにコンビニありますか?」「スーパーありますか?」って。
バカにしてんの?舐めてんの?
俺「10キロくだらないとないですね」「もう遅いから徒歩じゃ帰れませんよ」
登山者「宿、ありますか?」
あるわけねーだろ。
甘いんだよ考えが。テント貼って野宿?熊のエサにでもなっちまえ。
と思いつつ、駅まで車で送ってやったこと10回以上。

俺、登山者キライ。 - 2chコピペ保存道場 (via darylfranz)

広義の意味でこいつら全員遭難者.

(via bgnori)